オリガルヒ

1990年代のロシアについて。主にオリガルヒ。時々チェチェン。まれにイラク、パレスチナ、その他紛争地。 自分はこれからどんな惨めな人生を生きていくことになるのだろう。考えている。

Friday, January 21, 2005

学期末でレポート三昧-一本はロシア関係

3~4日のあいだ更新してなかったけど、それは決してサボっていたわけでも、「めぐりあう時間たち」を見まくっていたわけでもなく、学校が学期末にさしかかり、いろいろと忙しくなったから。実は、"Abramovich"を既に読み終え、"Godfather of the Kremlin"に入ってる。今日は少し時間が取れるので、3本ぐらい連続で投稿する予定。

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このところ新しく買ったマウスの話に熱中してて書き忘れてしまっていたのだけど、新年になってから2本のレポートを仕上げた。一つは先週の火曜日に、もう一つは今週の月曜日に。
先週のほうは、日本政府が取り組むべき外交課題をテーマとして4000字以上書くというというもの。結局このレポートも当日の朝まで手付かずだった。出発の2時間ぐらい前から書き始めたけど、めずらしく手間取っちゃって、予定の時間に家を出れず、25分ほど授業に遅刻してしまった。書き始めたらささっと終わったのだけど、何を書こうか決められなくて、ものすごく悩んだ。
「外交課題」に関して、書きたいことは山ほどある。イラクのことも、チェチェンのことも、難民受け入れのことも、書きまくりたい。だけど、この授業はかなり保守的で“日本の政府の立場から「国益」について論じよ”みたいな授業だったわけ。初回の授業では、もっと外交を「人類の共栄」みたいな方向から分析するような感じだったのに、その後かなり国粋主義の方に突っ走っていた。そういう授業に真っ向から対抗するようなことを地球市民の立場から書きたいとも思ったのだけど、レポートの設定が「政府への政策提言になるようなもの」だったので、どうしても無理なのよね。だって、“難民をもっと受け入れるべし”という主張を、論理的に、経済優位的に、たったの2時間かそこらで、資料も何にもなしに、書くなんて絶対無理!
(そう、その日の朝から書き始めるから、私の場合、関連文献を読んでる暇なんてない!わけで、 手元にある資料だけで書かなくちゃいけないの。)

難民受け入れ問題は無理だし、イラク撤退も難しい…。具体的なことを書けるのはやっぱりロシア。ロシアだと北方領土問題があるなー、と思ったところで、この問題を取り上げることにした。
結論としては「プーチン大統領は手ごわいので、今早急に日ロ平和条約を結ぶことはせず、彼の失脚を待ってから交渉にかかるべし」と。
このところ北方領土問題は何気に注目されてて、昨年の秋には日本の首相が北方領土を初めて船から視察したとか。
二国が外交に挑む際には、どちらかがある程度譲歩することが必要なんだけど、プーチン大統領に関しては「譲歩」の‘じょ’の字もないように思われる。
(いや、実際には、ところどころで譲歩する動きはあるんだけど、それが彼の行動に繋がる前に、立ち消えてしまうのよねー。)

アンナ・ポリトコフスカヤの"Putin's Russia"から、「彼は討論の意味を知らない」といった文章を引用しつつ、プーチンの支持基盤である統一ロシアがいかにロシアの下院議院で圧倒的な勢力を保持しているかなどを書いて、「プーチンを相手に交渉をするのはやめるべき」というレポートを書いた。ホドルコフスキーや、KGBの話も交えつつ。"The Oligarchs"から、ドレンコか誰かがプーチンについて言及した部分も引用したかったのだけど、短い間でどうしても探せず諦めざるを得なかった。惜しかった。
いろいろ手間取ったため、本来家を出なくちゃいけない時間になっても書き終わってなかった。4000字以上という指定だったので、4000字で終えとけば良かったのに、話題に切りがつかなくて結論まで達せなくて、5000字ちょっとになったのも遅刻した原因の一つ。でも、25分遅れで教室に入り込めて、普通に提出できたので問題なし。実際には教師にメールで送っても良かった。それが私のやる気を削いだ要因の一つ。いざとなったら、学校から帰ってから続きを書いてメールで送れば良いや、って思ったもん。
たぶんレポートは当日の朝ではなく、もっと前に仕上げておく必要があるのだと思うけど、どうしても無理。なんだかやる気が起きない。そういえば、一ヶ月以上前から言っている写真サイトのマニュアルがまだ完成してないこと、書いたっけ? きちっと誰かが締め切りを決めてくれない限り、自分で完成させるのは絶対できないよー。

もう一つは、アフリカに関する論文。これは英語の授業だったので英語で。この日は、2限が休講だったので朝の10時40分に家を出ればよかった。朝の5時過ぎに目が覚めた後、すぐに取り掛かればいいのに、結局本腰を入れたのは7時半になってから。でも、出発の3時間以上前もから取り掛かったのは偉い! 何気に新記録かもしれない。
これは英語で900語書けば良かったの。「900語なんて関心のあるテーマなら1時間でしょ」と思ってしまったのが運の尽きで、そのせいで当日の朝まで手付かずになってしまった。今学期は全部で4本のレポートを書いたけど、その全てが当日の朝まで一文字も書いていなかったという恐ろしい事態だった。

「9.11がアフリカにどのような影響を与えたか」などというテーマ(テーマは3つ)について、300語ずつ書けば良かったので、あまりどうという内容で、1200語ほど書いた。なんとなくしまりのないレポートで、面白みにかけるのは自分でも分かったのだけど、どうしようもなくて、そのつまんない状態のまま提出してしまった。これはあんまりよろしくない。

こういうふうにレポートを書いていくことについて、罪悪感を感じた時期もある。特にたいした閃きもない人間が、あまり勉強してない分野について記述するのは大間違いだと思う。時々自分のレポートが、学問に対する究極の冒涜じゃないかと感じた。
だけど、時を追うにつれ、私の神経は麻痺していった。だって、こういうふうに書いたレポートでAが来るんだもん。それはもう恐ろしいばかり。Aばかりとは言わないけど、Aは多いね。そして「2時間で書いたレポートでAが来るのに、どうしてそれ以上のことをしなくちゃいけないのさ?」と思うと、私は堕落の道を突き進んでしまうのである。『私は悪くない。私は悪くない。」と言い聞かせながら…。

この態度は芳しくないなーと、自分でも思う。人間、もっと精進することを覚えなきゃ! だけど、「そんなにまでして、生きていきたい?」、「そんなにまでして、いい人間になりたいの?」とシニカルな私は思ってしまうのである。
そんなにまでして(=頑張ってまで)、生きていくことはないんだよ、と思う。

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